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タイトルが思い浮かばない日記

村上 裕

御知らせやご報告、どなたかへの私信、というよりも、ひとりごとのような内容です。
僕はこう思ったよ、ということを、ただ誰かに知って欲しいような、風化させずに世界のどこかに置いておきたいような、何年か後の自分に伝えるために残しておきたような、そんな感じの文章です。
 
 
4月24日に、古くからのゲイの友人の、自殺の訃報が入りました。
心理的に距離感のある知人や顔見知りの訃報は新宿2丁目に飲みにでれば自然と聞くので、どこか、周囲の人々の死に慣れてしまった自分が居たような気がしていたけれど、全然、そんなことはなかった。
愛する人や大切な人の死は、何度経験したって、悲しい。
辛くて、苦しい。
昔から友人や身近な人の死に触れることがなぜか多くて、少しはそういうことへの耐性があるような気がしていたけど、そんなことはなかった。
仕事柄、死の話題に触れることも多いから、大切に思う人の死を受け入れる準備はできているように思っていたけど、そんなのは錯覚だった。
大切な人の自殺は、こんなにも悲しい。
無力感や、怒りや、後悔や、空虚感や、そういう波が繰り返しやってくる。
さっきまで大切にしていたものをなぎ倒して飲み込んでいく津波みたいだ。
あの津波を思い出す。
 
4月25日に告別式、4月26日に御葬式で、そのまま悲しめたら良かったけれど、4月27日からはPMRで1週間続くGWイベントで、僕は崩れるわけにはいかなかった。
僕はPMRの代表で、イベントの主催者で、チームのリーダーで、PMRのGWイベントも、PMRの仲間たちと一緒につくってきた、LGBTQIの仲間たちの心の健康と人生への貢献を理念としたイベントだったから、僕が崩れて良いわけがなかった。
悲しむことはイベントをやりきった後にすると決意して、保留にした。
PMRの仲間たちは僕を助けてくれ、支えてくれて、イベントをやり切ることができて、昨日まで走り抜いたと思う。
まだタスクはたくさん残っているし、イベントの全てが完了できたわけではないけど、必要最低限のことはできた。
 
そうして今日、7つの習慣の講座があって、僕がただの僕に戻ったとき、悲しみが津波みたいにやってきた。
7つの習慣の講座や勉強会は自分の人生について真摯に考える大切な時間で、だから、悲しみの津波がやってくるのは、今思えば当たり前だった。
ただ悲しくて、つらくて、苦しくて、寂しい。
接する人達の笑顔が痛くて、でも、向けてくれる優しさが有り難くて、愛おしい。
創造力に溢れた空間がしんどくて、でも、もう消してしまいたくなる心の火が消えないように守ってくれる。
そんな時間と場と人が居てくれることは、ただただ、有り難い。
独りだったら、きっともう、駄目だった。
 
 
亡くなった彼という人は、ただ好きなだけじゃなくて、個人として許せないことも、恨みに思っていたことも、いつか腹を割って話し合って解決したいと思っていたことも、心の底から感謝していることも、あった。
僕たちはただ仲が良いだけの関係ではなかったけど、それでも彼は、大切な友人だった。
僕たちは、大切に思う人は共通していて、その人をどんなふうに大切にするかは相容れることは無かったけど、同じ人を深く大切に思っている一点で、替えの無い唯一無二の友人だった。
彼だって、僕をそう思っていたはずだ。
僕に万が一のことがあった時、僕の大切な人を任せることができるのは、彼しか居ないと思ってた。
嫌いなところもいくつかあったけど、大好きな友人だった。
もう、できない。
こういうのが、死だ。
これが、死だ。
 
彼が亡くなった後、彼と6年間ともに暮らしたパートナーは、住んでいた部屋を追い出された。
彼のご両親は彼がゲイだと知らなくて、今回の自殺で初めて彼がゲイだと知り、男性と暮らしていることを知り、そんな訳のわからない人が彼の部屋に居たら物を盗まれたりおかしなことがあるのでは無いかと彼のパートナーに言い、結果、彼のパートナーは彼が自殺した翌日に6年暮らした部屋を出た。
今はご友人の部屋にいるそうだ。
どうしても手放せない物は持ち出しただろうけど、彼と一緒につかったお皿や、服や、テーブルや椅子や、彼との暮らしの中にあったものは持ち出せていないだろうと思う。
 
死んだ彼のご両親は高齢の方なのだから、そう思ったり考えたりするのは仕方がないのは分かる。
同性愛は精神異常で犯罪だったと、学校や家庭で教育された世代なのだから、仕方ないと思う。幼少期の教育は人生に残る。
息子に先立たれただけでも辛いのに、そのタイミングでゲイだと知ったのだから、めちゃくちゃに混乱してパニックになったのも自然に想像できる。
彼の家庭は厳格なキリスト教家庭だったから、教義としても同性愛が容易に受け入れられなかったのも理解できる。
息子が自殺して、もうどうしたらいいか分からないくらい悲しいのも、わかる。
 
でも、彼等が暮らした日々は、ただ、自然な人と人との営みだった。
彼等の生活には優しい愛情があったし、それは何も異常なことではなかった。
異性同士なのか同性同士なのかの違いだけであって、彼等は何も間違っていなかったし、本当に、ただの人だった。
彼等は、家族だった。
ただ、幸せに生きようとし、そう生きていただけの、普通のひとたちだった。
なのに、彼と共に暮らして生きたパートナーが、喪主にもなれず、火葬場にも立ち会えず、骨も分けられず、一緒に住んでいた場所を追い出されるなんて。
そんなのは。
 
パートナーだって、家族なんだ。
血縁だけが、親だけが、家族じゃない。
法律の中に入れなくても、人生の伴侶だって、家族でしょう。
 
日本で、僕たちを取りまく時代は変わった。
同性愛は犯罪行為だとした鶏姦罪はもう無いし、学校でももうそういうふうには教えられなくなった。
LGBTQIだとカミングアウトをしたりアウティングされても殴り殺されたり、地域やコミュニティから追い出されるようなことも、無くなりはしないけど、間違いなく減った。
LGBTQIと共存共生しようとする人達は本当に、ものすごく増えた。
20年前に比べて、日本は確実に変わって、あの頃に比べたら安全になった。
でも、けれど、ニュースになることも人の話題になることもないだけで、誰にも知られることがないだけで、こんな悲しい死や、こんなに悲しいパートナーシップの現実がある。
マイノリティだという理由で殺されることが少なくなって命は守られやすくなったたけど、心は。
彼の自殺と遺された彼のパートナーに起こった出来事は、LGBTQIの人達だけのことじゃなくて、国籍とか、人種とか、病気とか、障害とか、犯罪歴とか、借金とか、能力とか、宗教とか、違うフィールドで同質のことはこの瞬間にだって起こってる。
悪い人が誰も居なくても、悲しいことや、残酷なことは起こってる。
そういうことも、現実だ。
 
 
僕は、そういう現実が嫌で、多くの人が変えたいと願っても続いてゆく流れを変えたくて、12年前に、ゲイであることを公表して、心理カウンセラーを始めた。
社会はまだ安全じゃなくて、同性愛を憎む人に殺されるかもしれないと怖かったけど、怖いからといって何もせずに傍観して生きることのほうが、もっと怖かった。
僕はあまりにも無力で無能だったけど、13年前に出会った7つの習慣の本は僕に人生を変えるちからがあると教えてくれたし、自分を助けるために学んだ心理学は人の心の広大さと可能性を教えてくれた。
カウンセリングの時間で関わりを与えてくれるクライアントの方々は、人間が生きようとする力強さを教えてくれたし、今も教えてくれる。
パートナーたちは僕が愛されている事実を教えてくれて、仲間たちは僕が無力な存在ではないと教えてくれる。
 
12年前、日本のどこにも居なかったから僕がやろうと思って、ゲイの心理カウンセラーという存在を始めたことは、小さくてもこの時代の一助になったはずだ。
今日死のうと思ってパソコンを叩き、LGBTQIの当事者の心理カウンセラーが居ると知って、死ぬのは明日で良いと思いとどまってくれた人が、きっとどこかに居てくれたはずだ。
友人達は僕に何も言ってくれず、世界を見限って死んでいくけど、その事実に自分の無力を思い知らされるけど、できたことも、できることもあるはずだ。
そう信じる。
 
人の命と死の前に、僕はあまりにも無力で、自分の感情に打ちのめされて簡単に絶望する弱い人間だけど、これからの為にできることが絶対にあるはずだ。
こうであって欲しいと願う未来は妄想なんかじゃなくて、きっと実現できる未来のはずだ。
言葉ひとつで人を追い詰めて殺す残酷さが人間にはあるのは事実で、人を助け人を愛する優しさが人間にあるのも事実だ。
残酷さと優しさの両方を常に持つのが、人間なんだから。
僕は人間の残酷さを受け入れて、人間の優しさと愛を信じる。
 
悲しみは教訓にする。
怒りは原動力にする。
恨みは持っていかない。
自分の無力を許し、
憎しみから愛を見つける。
今ある大切な人達を視界の真ん中に置く。
今見える景色が真っ暗でも光は灯せる。
だから諦めない。
もしも僕ができなかったとしても、きっと、誰かが続けてくれる。
 
生きられなかった友人たちの存在を、未来に連れていく。
過去の人だからと、お墓の下にその存在や生きた事実まで埋めてしまうなんて、そんなのは間違いだ。
彼等が生きた命の歴史を、今生きているLGTQIの仲間たちと、これからも生まれてくる未来のLGBTQIの仲間たちの為に、僕の人生に使う。
今はまだ生まれていない未来のLGBTQIの仲間たち、今はまだ子供のLGBTQIの仲間たちが、いつかの未来に、良い時代になったねと言ってくれる未来が必ず来るから。
いつも笑顔じゃなくても、泣きながらでも、歩くことはできる。
絶対に、頑張る。
必ず、みんなの存在を、未来に繋げる。
 
 
 
 
 
だから今は、ただ、悲しむ。
それを自分に許す。
 
ねえ。
僕は、きみに、生きてて欲しかったよ。
きみは知らなかったかもしれないけど、僕にとって、きみは、大切なひとだったよ。
きみと一緒に、未来にいきたかったよ。
 
 
 
 
 
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Posted by村上 裕

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