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【 コラム 】ゲイの心理カウンセラーとして、杉田水脈氏の発言と思想に8つの反証をします

村上 裕

杉田水脈 新潮45


こんにちは。
ゲイの心理カウンセラー村上裕です。
 
自由民主党所属の杉田水脈氏が、新潮45に寄稿した論文「「 LGBT 」支援の度が過ぎる 」について様々な言及がなされ、団体や有識者からの批判や反対デモ等が起こっています。

発端としては寄稿文中の、「 LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない。つまり「 生産性 」がないのです。 」という部分的な文章が大きく注目されたことが理由と解釈していますが、まずは、どのような全体像の中で書かれた文章なのかを知りたく、新潮45の寄稿文の全文を読みました。

 
杉田氏の新潮45の寄稿文全体を読んで、ゲイの心理カウンセラーとしての私の感想は、
  
01:「 セクシュアルマイノリティへの社会的差別は存在しない 」という個人の所感でしかないものを、大勢の意見であるとすり替える印象操作、印象誘導が見受けられた。
 
02:職場は仕事をするだけの場所でセクシュアリティを持ち込むべきではない、という価値観が伺えた。
  
03:「 LGBTの苦しみは家族の理解度の問題なので、社会制度を変える必要な無い 」という論調で家族への責任に偏らせ、社会責任を転嫁させているように見受けられた。
 
04:同性愛者はLGBTの一部であってLGBT全体ではないのですが、「 LGBT=同性愛者 」という誤った前提をしていると見受けられたことから、性的指向と性自認についての知識が不十分であることが伺えた。
 
05:「 LGBは性的嗜好の話です 」と明文しており、誤った知識が確認できた。
 
06:「 トランスジェンダーは障害です 」と明文しており、これも誤った知識が確認できた。
 
07:寄稿文の本質はLGBTや生殖機能を有しない人々への批判が主ではなく、LGBTの存在を政治利用する考えに対する批判が主だった。批判のためにLGBTを槍玉にした印象を受けた。
 
08:寄稿文の本質がLGBTの存在を政治利用する考えへの批判であるにも関わらず、ご自身もLGBTの存在を政治利用していることに矛盾を感じた。
 
09:杉田氏の価値観に「 男女による異性婚以外は普通ではなく、例外である 」という前提があり、男女の異性婚以外を排斥したい意図が伺えた。
 
10:杉田氏は「 生産性 」という言葉の使い方を誤った。寄稿の論点としては「 種の持続性 」や「 種の存続性 」という言葉のほうが適切な寄稿だった。
 
11:生命に対して「 生産性 」という単語を使ったことで、ヒト扱いではなくモノ扱いのような、非人道的な印象となった。
 
12:人間という存在と生命を「 労働力 」という消費エネルギー、生産のための消耗品として認知している印象を受けた。

13:全体を通しての論調から、全体主義を主な思想としている傾向が伺えた。

 
という内容です。
 
 
寄稿文全体を通読し、杉田水脈氏は全体主義を思想としているという個人的見解を得たことで、訴えの主旨や論点の理由に深く納得ができました。

ナチスが有名ですが、個人は公私ともに全体のために従事奉仕すべしという考え方や、少数者への差別意識を誘導することで多数者に優越感を持たせて支持を得る手段などが、全体主義の顕著な特徴です。
ナチスでは全体主義が大きな要因となり、最終的にはユダヤ人を初めとする民族や同性愛者がホロコーストの対象となり、数百万人が虐殺されました。
  
既に多くの方々が、問題となった杉田氏の寄稿の一部分ではなく、原文を精読しての反論や指摘を書いておられます。
自民党からは杉田氏を指導したとの情報も公表されました。
また、約5000人の人々が、杉田氏への抗議デモを行いました。

きっかけとなった杉田氏のツイートは今時点で既に削除されており、また、新潮45は有料誌面であることから、杉田氏が寄稿文で述べている観点をより詳細に表現していると思われる動画に対して、ゲイの心理カウンセラーとして8つの反証を行ってゆきます。

反証を行うのは、下記「 2015年6月5日放送「 日いづる国より:LGBT支援論者の狙いは何? 」」の動画です。
( 以降、動画と称します )


https://www.youtube.com/watch?v=Ci5-FYrrx7U
( 引用:2015年6月5日放送「 日いづる国より:LGBT支援論者の狙いは何? 」全29分30秒@Youtube )
 
この動画を今回の反証の素材とする理由は、全編を視聴したところ、新潮45の寄稿文との共通性・類似性が高いためです。

例えば、LGBTは生産性が無いという発言、子育て支援や不妊治療を優先すべきという発言、機会的同性愛と性的指向の同性愛を混同しての発言、トランスジェンダーは病気という誤った発言、など、寄稿文との高い共通性・類似性が見られました。
 
現在、すでに多くの専門家や有識者の方々が杉田氏の寄稿文に対して適切な指摘や反論を行っていますが、それでもなお私が杉田氏の主張に対して反証を行うのは、あるできごとがあったからです。
 
私はゲイの心理カウンセラーを生業としていることもあり、公私で様々な方から声をかけて頂くことが多いのですが、先日、「 杉田氏の問題発言の一部分をTwitterで読んで、自分は生産性が無いので死んだほうが世の中のためなのだと思った 」と話してくださった、ひとりのセクシュアルマイノリティ当事者の方がいました。
「 自分には生産性が無いから死んだほうが社会のためだ 」というその方の考えは御本人のものですし、私が介入したり強制的に考え方を変容できるものでもありませんが、私は、その方の考えに同意はできませんでした。
セクシュアルマイノリティ当事者だから死んだほうが良い、という考えは、大きな間違いです。
 
その方と縁あるセクシュアルマイノリティ当事者のひとりとして、
心理支援を生業とする者として、
セクシュアルマイノリティの心理支援の専門家のひとりとして、
その方と同様の心境であるかもしれない多くのセクシュアルマイノリティの方々とその家族、
これから先に今回の出来事を知り自殺の選択をするかもしれない誰かのために、反証をします。
 
私が反証するのは杉田水脈氏の誤解に基づいた発言と全体主義の思想についてであって、杉田水脈氏個人の生存権や思想の自由を侵害する意思や意図はありません。
 

   
このコラム中においては、3つの主義を重要な視点としています。
その3つの主義を、私の個人的な主観に基づき、下記のように定義します。
 
全体主義:個人の価値は全体への貢献度によって決定する、という考えかた。

利己主義:個人の利益を重視するが他人の利益は軽視する、という考えかた。

個人主義:個人の存在や命、幸福を大切にする、という考えかた。

 
と、定義します。
杉田氏の論調においては、利己主義と個人主義を混同しているのが大きな特徴であるためです。
 

 
●個人としての杉田氏への解釈

まず初めに、杉田氏の政治家としての姿勢についての解釈です。
 
杉田氏は「 人間の命を経済資源としか見ていない冷酷なファシスト 」であるよりも「 少子化の中にある、現在の日本の経済不況を回復させたい志を持つ政治家のお一人 」と思います。

動画中 8:19時、

( 引用 )「 男女の支援、子育ての支援を行ったりとか、自治体によっては結婚の支援を行っている自治体もありますが、これは、日本は今、大変少子化ですから、もっと子どもを産んで頂かないといけないということがありますから、そういうところに対して税金を使って支援をしているわけです 」

という発言からです。
少子化の解決法についての考え自体は私とは異なりますが、少子化について解決を望んでおられる姿勢があると考えます。
 
また、杉田氏は真摯に日本経済を考える政治家のひとりであると解釈します。

動画中 8:38時、
( 引用 )「 こういう言葉を使うから駄目なのかもしれないですが、はっきり申し上げます。生産性が無い、同性愛の人たちに、皆さんの税金を使って、支援をする。どこに大義名分があるんですか 」

という発言は、国民の財産である税金を使用することの妥当性について問題提起をしています。
税金を使って社会施策を行うことに大義名分が必要であるという観点には同意できませんが、税金を預かる責任ある立場であることを自覚しておられると考えます。
 
同時に、国民の平等を願う政治家であるとも解釈します。
動画中 9:19時、

( 引用 )「 日本という国は、基本的人権というものが全員に尊重されていますから。大人も子どもも、それからお年寄りも、障害者の方も病気を持っているかたも、みんな全て基本的人権というのが、尊重されています。
その上でですよ、女性の人権が、とか、子どもの人権が、とか、同性愛の人の人権が、と、それを特別に支援するというのは特権になってしまうんです。
だから、そういうものは必要が無いですよ、という。」


という発言は、利己主義の欲深さを指摘しているとも解釈ができます。
杉田氏ご自身が、既に議員という特権階級に居ると自覚するからこそ利己主義を指摘しなければいけない、という強い責任感であると解釈ができます。
 
この発言の根底にある価値観は、ウルグアイの第40代大統領、ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ氏が2012年のリオ会議で指摘した利己主義への警鐘と、同様のものと解釈することもできます。
 
【 引用1】「 貧しい人とは少ししかものを持っていない人ではなく、もっともっとと、いくらあっても満足しない人のことだ 」
 
【 引用2】「 発展は人類の邪魔をしてはならない。発展は「人類の幸せ」「愛」「子育て」「友達を持つこと」「必要最低限のもので満足する」ためにあるべきものなんです。なぜなら、それらこそが一番大事な宝物なのだから。」

 

https://www.youtube.com/watch?v=F7vh7eQUtlw
( 引用:「世界一貧しい大統領の言葉 2016 APR」全12分03秒@Youtube )
 
 
次に、私は杉田氏の本質について「 子どもと家族を守りたい一人の母親 」であると思います。
動画中13:38時、

( 引用 )「 これ(渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例)は、家族崩壊に繋がるんですよ。」

という、持論の結びに提示している発言から、杉田氏が心理的に、本質的に恐れているのは家族を失うことであると解釈しました。
 
2013年、ニュージーランドで同性婚を認める法律を巡って、モーリス・ウィリアムソン議員がスピーチで述べたような方々です。

【 引用 】「 それでも、反対なさる多くの方は、常識的な方なんです。法案が社会に何をもたらすのか、真剣に心配なさっている。その懸念に敬意を表します。この法案が通ると、ご自身の家族に何が起こるか心配なさっているのです。」


https://www.youtube.com/watch?v=UjkWwmW4PCg
( 原文参考:同性婚を認めたらどうなる? 世界で賞賛された国会議員のスピーチ https://www.huffingtonpost.jp/2017/11/25/nz-gay-marriage_a_23288119/
 
上記のような観点から、杉田氏は真摯に日本経済を考える1人の政治家であり、家族を大切にしている1人の母親であると解釈しました。
しかし、杉田氏の発言には誤った知識が根底にあり、ナチスのホロコーストを生んだ全体思想に賛同することはできません。
 

 
●反証01:「 差別ではなく区別である 」という発言への反証

動画中 9:08時、


( 引用 )「 差別じゃないんですよね。区別なんです。
そこの部分を、まず混同してはいけませんよ。」


と、杉田氏は発言しています。

杉田氏が行っているのは区別ではなく差別なので、反証をします。
 
差別のメカニズムについては、過去のコラム「 トランプ氏の大統領当選によってこれから世界中で起こることを、差別と心理学から考える 」についても解説をしました。
また、差別の根底にあるのは未知の存在への恐怖であることも述べました。
( 参考:「 トランプ氏の大統領当選によってこれから世界中で起こることを、差別と心理学から考える 」http://paintingmyroad.blog14.fc2.com/blog-entry-130.html

このコラムでも、過去のコラムと同様の観点を反証の素材とします。

差別について直接的に取り組んでいるのは社会心理学の分野ですが、差別とは「 誤った知識からつくられた偏見による、誤った解釈 」と定義されています。
また、差別を考える時に重要なのは「 差別意識 」と「 差別行動 」に分離することです。
「 差別意識 」は、心理学においては誰もが持つあたりまえのものであり、1秒以下で形成されます。
 
人間が備える認知の仕組みによって、私達は、充分な情報を持たない対象に注目する時、その対象を理解するために、足りない情報をよく似た他の何かを参考に想像して補ったり、ときには、全く根拠のない空想で補います。
この「 想像や空想で補われた、正確ではないイメージ 」を偏見と呼びます。

この偏見という現象は、本人が望んで注目する場合だけでなく、ニュースなどで強制的に情報が目や耳に入り、望まずに注目してしまった時にも同様に起こりますし、本人の個人的な実体験からも起こります。
 
偏見がつくられた後、偏見に対して、快( 喜びや楽しさ等 )や不快の感情( 嫌悪や恐怖等 )が瞬間的に発生します。
この感情に対して、接近欲求( もっと知りたい、近づきたい )や回避欲求( 遠ざけたい、距離を置きたい )が発生しますが、接近欲求や回避欲求が満たせない時、人間は3つの反応を起こします。
 
1:攻撃、2:逃避、3:防衛( 防衛機制 )、の3つです。
 
ここまでの反応を、人間の脳は反射的に1秒以下で行います。
これが「 差別意識 」の流れ
です。

そして、次に場合によっては「 差別行動 」が起こります。 
不快感情によって起こされる3つの反応のうち、1:攻撃が具体的な行動となる場合です。
具体的には、ヘイトスピーチやヘイトクライムなどです。

攻撃を行動化したくない人々は、2:逃避や3:防衛( 防衛機制 )によって、多くの場合は無関心でいることを無意識的に選択します。
つまり「 差別行動 」とは、「 想像や空想で補われて形成された誤ったイメージ(偏見)によって不快感情を感じるとき、排斥的な価値観を働かせる 」という差別意識に基づき、「 差別意識によって不快感情を感じさせる対象への、肉体的・精神的・経済的な排斥行為や暴力 」のことです。
 
杉田氏は同性愛、並びにLGBTについての誤ったイメージ( 偏見 )を元に、排斥行為や心理的暴力を行っていますから、「 差別意識 」を持ち「 差別行動 」を行っています。
 
よって「 差別ではなく区別である 」という発言は、誤りです。
 
 

●反証02:「 LGBTへの支援は利己主義 」という思想への反証

動画中 9:19時、

( 引用 )「 日本という国は、基本的人権というものが全員に尊重されていますから。
大人も子どもも、それからお年寄りも、障害者の方も病気を持っているかたも、みんな全て基本的人権というのが、尊重されています。
その上でですよ、女性の人権が、とか、子どもの人権が、とか、同性愛の人の人権が、と、それを特別に支援するというのは特権になってしまうんです。
だから、そういうものは必要が無いですよ、という。」


と、杉田氏は発言しています。

この発言からは、そもそも基本的人権が制定されているにも関わらず、女性・子ども・同性愛者への過剰な特別支援があることで、少数者の特権となり平等性が壊れることを危惧しておられると解釈ができます。
利己主義( 自己利益を重視し、他者の利益を軽視・無視する、身勝手な考え )によって、ごく少人数の利益のために、大勢の人々の幸福が犠牲になるのは非道徳的ですし、憲法第12条でも、利己主義への警鐘がされています。

憲法第12条:【 自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止 】
「 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」


LGBTに限らずセクシュアルマイノリティへの支援というのは、利己主義ではなく個人主義による観点であるため、反証をします。

民主主義の土台となるのが個人主義で、日本国憲法は個人主義( 個人の存在や命、幸福を大切にするという考えかた )の観点に基づいています。
セクシュアルマイノリティへの支援は、憲法13条に基づく考え方です。

憲法13条:【 個人の尊重、幸福追求権・公共の福祉 】
「 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


セクシュアルマイノリティへの支援の実体は「 セクシュアルマイノリティの人々の幸福追求権において、足りない部分を補うための支援している 」なのです。

なぜ「 足りない部分がある 」と考えられるのかと言うと、杉田氏自身が動画中 11:47時、

( 引用 )「 同性愛の子どもは、普通に正常に恋愛ができる子どもに比べて、自殺率が6倍高いんだと。」

と発言している通り、セクシュアルマイノリティの人々は非常に高い自殺リスクを有しているからです。

ちなみにこの6倍という数字は、厚生労働省管轄の研究活動であるReach Onlineが1999年〜2005年に公開した「 ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート 」などの資料が主な情報元となり、比較研究をされ、6倍という数字の根拠となっています。
( 参考:Reach Online「 ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート 」http://www.j-msm.com/report/report02/index.html

高い自殺率の背景としては、偏見や差別がもたらす安全ではない環境ということに加えて、ライフモデルが不在であることによる未来への絶望感、特に、中年期以降から老後にかけての絶望感が、大きな要因のひとつとしてあります。

これは、私が代表を務めるカウンセリングルームP・M・Rでの相談内容の中で、セクシュアルマイノリティ当事者の相談者が主訴とするテーマの中でも「 未来への不安と絶望感 」が特に目立つという所感からです。

この所感ついての参考として、健康社会学者の河合薫氏が、自殺についてストレスと関連させながら述べている記事では、下記のように述べられています。
様々な自殺率の統計を元に、男性と女性の幸福度にの違いについても分かりやすく言及されていると判断したため、この記事を参考としました。

【 引用 】「 ストレッサー( ストレスの原因となるもの )とそのストレス度( どれくらいストレスを感じか )の大規模な調査では( 筆者らによる )、もっともストレス度が高かったのは「 将来への展望のなさ 」。」

( 引用・参考:「 白書もスルー? 40、50代男性の自殺率の高さ 」https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/060200107/?P=1

 
このように、ゲイ・バイセクシュアル男性の自殺リスクが高いのは、要因となるストレッサーが明確に存在しているためであり、それは幸福追求権によって補完されるべき要素です。
そして、ゲイ・バイセクシュアル男性に限らず、LGBTを含めたセクシュアルマイノリティへの支援は、この観点に基づいています。

「 少数者の身勝手な利己主義によって税金の濫用し、過剰な支援が行われている 」のではなく、「 個人主義に基づいて、幸福追求権が充分に補填されていない人々を補完するための支援が行われている 」のです。
 
よって、「 LGBTへの支援は利己主義 」という思想は、誤りであると考えます。
 
 

●反証03:「 子どもの自殺予防よりも優先すべきことがある 」という思想への反証

動画中11:29時、

( 引用 )「 テレビの討論番組から電話が掛かってきまして、LGBTの知識を学校教育で教えるべきかどうか、という事に対しての意見をくださいという風に言われまして、私は、当然そんなものは必要ありません、はい、って言ったら、同性愛の子どもは、普通に正常に恋愛ができる子どもに比べて、自殺率が6倍高いんだと。
それでも貴女は必要ないって言うんですかと言われまして、それでも私は、優先順位は低いし、同じですよね、学校の先生も今、モンスターペアレントだとか学級崩壊だとか、やらなくちゃいけないことはいっぱいあるのに、やらなくちゃいけない時間はきっとないでしょう。」


と、杉田氏は発言しています。
 
この発言から解釈ができる「 子どもの自殺予防よりも優先すべきことがある 」という思想について、反証します。
 
「 1人の子どもの自殺率を下げるより、数十人の教師の過労死率を下げるほうが優先順位を下げるほうが優先である 」というのは、全体主義の観点では正論でしょう。
しかし、個人主義を原則とする日本憲法では、憲法13条において個人の生命の権利について述べられています。
 
憲法13条:【 個人の尊重、幸福追求権・公共の福祉 】
「 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


同性愛の性的指向を持つ子どもだから自殺リスクを下げなくても良い、というのは、杉田氏が動画中 9:19時に述べていた「 日本という国は、基本的人権というものが全員に尊重されていますから。」という発言と矛盾します。

「 基本的人権がそもそも守られているのだから、特別な支援は必要がない 」という思想は、基本的人権が守られているという実際がなければ論理的に成立しません。

性的指向によって自殺リスクに大きな差異がある現状は、杉田氏自身が重要視している平等な社会の土台を、そもそも崩します。
よって、杉田氏自身の発言の正当性を見出そうとするためにも、同性愛の性的指向を持つ子どもの自殺対応は必要です。
 
また、動画中に杉田氏の発言の前提には「 通常よりも約6倍高い自殺率を持つ1人の支援をするよりも、15人〜19人の働きやすさの支援をすることのほうが有効である 」という思想が伺えます。
この杉田氏の発想は、トロッコ問題に例えることができます。

トロッコ問題は「 5人を助けるために、他の1人を犠牲にしてよいか 」という、フィリッパ・フット氏が提起した倫理学の有名な思考実験です。
トロッコ問題のバージョンも多くのバリエーションがある上に、原題そのものの答えにも様々な考え方があります。
正しい回答を決めるための思考実験ではないので、杉田氏の発言から解釈ができる「 5人を助けるために1人を犠牲にする 」という考え方は、「 個人の価値の全ては全体への貢献の度合いで決まる 」という全体主義の観点で考えれば、正解でしょう。
しかし、個人主義においては「 5人も1人も全員助ける方法を探す 」という観点も提案されています。
 
そして、自殺リスクの高い環境にある子どものケアは、経済効果においても重要です。
子どもの貧困支援をしておられる、NPO法人代表の渡辺由美子氏は、このように述べています。

【 引用 】「 生活困窮の場面で活躍されている団体の方々が現場でのお話をしてくださいました。
たくさんの困った事例のお話をきく中で、あることに気がつきました。
みなさん、学校でつまづいてしまった方が多いのです。
そしてそれは、私たちが貧困家庭の子どもたちの学習支援をしていてもとても感じていることです。
いじめ体験や、先生の心無い言動で自尊感情を大きく傷つけてしまっている子どもがとても多いのです。」

( 引用・参考:「 9月1日に子ども自殺注意報を出す異常な国 」https://www.huffingtonpost.jp/yumiko-watanabe/student-suicide_a_23192403/


また別に、非就労者と学校生活の経験の関連については、
 
【 引用 】< ニートの状態にある若年者の実態 >「 学校でいじめられた 」経験:55.0%

( 引用・参考:内閣府政策統括官2008発行情報誌「子どもと若者:若者を取り巻く状況と課題について」 http://www8.cao.go.jp/youth/info/pdf/01_p13.pdf )


とあるように、学校生活での排斥や暴力を経験した人の2人に1人が、就職や就業のつまづきに至っています。
子どもの自殺リスクの軽減は、将来に社会での就労のしやすさを支援するものでもあり、優先順位は決して低いものではないと考えます。
 
「 一億総活躍社会 」を目指す現在の社会にあっては、1人1人の働きやすさは重要な観点です。
就労を望まれる人々の中には、もちろん同性愛の性的指向を持つ子どもも含まれていますし、2016年版の子供・若者白書では「 様々な原因で既存の学校に馴染めなかった子供たちのため、複線的な教育の充実を進めること 」と明記されています。
( 引用・参考:内閣府「第1章 子供・若者育成支援施策の新たな展開( 第4節 )」http://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h28honpen/s1_4.html

社会で活躍を望まれている人々の一員が、性的指向を理由に約6倍の自殺リスクを持っているにも関わらず、その心理的ケアの優先順位が低いと定義するのは、一応総活躍社会の主義思想に反すると解釈します。
 
よって「 子どもの自殺予防よりも優先すべきことがある 」という思想は、誤りであると考えます。
  

 
●反証04:「 機会的同性愛と混同している 」ことについての反証

動画中12:16時、

( 引用 )「 どれだけの先生が正しい知識を教えられるんですか。
誤った知識を教えてしまったらおかしいじゃないですか。
あと思春期の頃って、本当に色々あるんですね。
私も女子校で育ちましたから、周りがもう女性ばかりなんです。
じゃあちょっと格好良い女の子が居たらラブレターを書いたりとかね。
格好良い先輩と交換日記をしてください、とかやったりしてるんですけど。
でも、こう、歳をとっていくと、普通に男性と恋愛できて、結婚もできて、母親になって、としていくわけです。
その多感な思春期の時期にですよ、女性が女性を好きになるのはおかしくないですよ、男性が男性を好きになるのはおかしくないですよ、もっと皆さん堂々と胸を張って、そんな縮こまらずに、同性愛の人も、ちゃんと胸を張ってましょう、という教育をしたら、どうなりますか。
ちゃんと正常に戻っていける部分も、戻っていけなくなりますよね 」


と、杉田氏は発言しています。
 
機会的同性愛と、性的指向としての同性愛を誤った知識から混同しておられ、それによって「 同性愛は選択可能なものである 」という誤解をしているので、反証をします。
 
機会的同性愛、状況的同性愛、代償的同性愛、という概念があります。

これはどれも同じことを示していますが、異性愛を自覚する人が男子校や女子校のような異性の存在しない環境に長期的に居るとき、異性の代償として同性に対して恋愛感情や性欲を感じるという、一時的な状態を示します。
また、機会的同性愛の経験者の多くは、異性の存在する環境になると、同性よりも異性に対して優先的に恋愛感情や性欲を感じるようになります。

杉田氏が根拠としているのは、自らの機会的同性愛の経験のことだと理解ができ、ご自身の経験による偏見から、同性愛は選択可能なものという誤った認識をしておられる可能性があります。
 
「 完全な異性愛または同性愛と断定出来る人は全人口に対して5%〜10%にすぎず、多くの人はある程度の両性愛的傾向を持つ 」と提唱したキンゼイ報告書( 1948年-1953年 )でも、機会的同性愛の下地が解釈できます。

また、近代心理学における先駆者の1人でもあるジークムント・フロイト氏は「 人間は誰しもが人生のある時期において両性愛者になりえる可能性を持っている 」という考えを表しました。
人間は性愛の対象を選択できるという誤解の原因の一因にもなりましたが、フロイト氏が指摘したのは、人間は誰もが潜在的に両性愛者である可能性です。
 
英国企業のYouGov社が2015年に行った近年の調査も、参考になるでしょう。

【 参考 】:【 最新調査 】英国の若者の半分が「 自分にもゲイ要素ある 」https://www.huffingtonpost.jp/letibee-life/uk-young-people-gay_b_8002340.html
 
一方、性的指向の同性愛は、機会的同性愛とは全く異なるものです。

2005年にスウェーデンのイヴァンカ・サヴィック氏の研究チームが行った研究が、分かりやすい参考となります。
異性愛者と同性愛者それぞれの、フェロモン( 性誘引物質 )に対する脳の反応や、脳の構造、神経伝達を調査した研究です。

フェロモン研究においては、男性の異性愛者は女性フェロモンに対し脳が反応をしましたが、男性の同性愛者( ゲイ )の脳は女性フェロモンに反応しませんでした。
一方で、女性の異性愛者と男性の同性愛者( ゲイ )の脳は男性フェロモンに反応し、男性の異性愛者の脳は男性フェロモンに反応をしませんでした。
フェロモンに反応する脳の機能は異性愛者も同性愛者も正常であり、どのフェロモンに反応するかの違いだけがある、ということです。

また、この研究では感情への反応という心理的な見地からの研究もされています。
「 異性愛の男性と同性愛の女性( レズビアン )はどちらも、同性愛の男性( ゲイ )や異性愛の女性よりも、「 闘争・逃走反応 」への適応力が大きい 」というものです。

この結果は、医学博士の田中冨久子氏の研究結果による、男女の古い脳がもつ「 攻撃 」に対する反応の違いとも一致しています。

【 引用 】「 女性の古い脳はあまり攻撃を好みませんが、男性の古い脳は攻撃が好きです。それは、古い脳には性があって、生物学的/先天的な構造上の違いがあるからです。」
( 引用・参考:#244 脳がつくった「男らしさ・女らしさ」MAMMO.TV http://www.mammo.tv/interview/archives/no244.html


また、サヴィック氏の同研究では、

・同性愛の男性と異性愛の女性は、異性愛の男性よりも、左右の脳の半球を通じる神経連絡の活動が活発だった。

・異性愛の男性と同性愛の女性の脳では右半球が左半球より若干大きかったが、同性愛の男性と異性愛の女性の脳では左右対称で同じ大きさだった。

などの、性的指向と脳の関係性が発表されています。
 
これらの研究からは、異性愛、同性愛に関わらず脳の機能は正常に活動しており、どのように反応するか、活動するかの違いがあるだけであるという理解ができます。
脳の形状や機能は、本人が選択したものではないのです。

サヴィック氏に限らず多くの研究者が公表している性の近代研究によって、現代では、性的指向の同性愛は選択が可能なものでなく、意図的に変更が可能なものではないと解釈されています。

よって「 同性愛が選択可能なものである 」という主旨の杉田氏の発言は、誤りです。
 
 

●反証05:「 同性愛から子どもは生まれない 」という発言への反証

動画中13:38時、

( 引用 )「 これ( 渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例 )は、家族崩壊に繋がるんですよ。
《 すぎやまこういち氏が引き継いで 》それに決定的なことは、同性愛から子どもは生まれません。これも大きいよね。
《 杉田水脈氏が受け取り 》そうなんです。全くその通りなんですね。」


と、杉田氏は発言しています。
 
大前提を誤解しているので、反証をします。
杉田氏やすぎやま氏のような誤解をしている方と出会う機会は多いですが、同性愛者の多くは基本的に生殖能力を有しています。
 
女性との間に子どもを持つゲイの父親は存在しますし、男性との間に子どもを持つレズビアンの女性は存在します。

例えば、夫または妻となる人が同性愛者であることを承諾した異性愛者の男性または女性が法的に婚姻し、不妊治療の援助を受けて子どもを持つ夫婦は日本に存在します。

同性愛の男女で法的に婚姻し、これもまた不妊治療の援助を受けて子どもを持つ夫婦も、日本に存在します。

多くの同性愛者が異性と婚姻せず子どもを設けることをしないのは、良心に基づいて異性愛者の男女を騙すことをしない、自分自身を欺くことをしない、という意思決定をしている人が多いだけです。
 
憲法に照らし合わせれば、憲法19条と憲法24条を遵守しています。
 
憲法19条:【 思想および良心の自由 】
「 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」 
 
憲法24条:【 婚姻の自由と夫婦の権利 】
「 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」


 
発達心理学や人間性心理学においては、人間は良心に反することを行うと罪悪感という社会感情を感じるとされています。
罪悪感を正しく理解し、良心に基づき、人を欺かないために、異性と婚姻や子どもを設けることをしない同性愛者が多いのです。

また、レズビアンやゲイは生物的機能として生殖能力を有していますが、その能力を異性と行使するかどうかは、個人の自由です。
この生殖機能を行使する・行使をしないという自由は、そもそもレズビアンやゲイに限らず、異性愛者の人々にも広く妥当と認識されています。
 
よって「 同性愛から子どもは生まれない 」という発言は、誤りです。
  
  

●反証06:「 性同一性障害が病気である 」という発言への反証

動画中18:36時、

( 引用 )「 私は、Tは性同一性障害なので、このLGBTの中に入れて一緒くたにしてしまうのは、私、これは非常に違和感があります。
性同一性障害という、ひとつの病気でありますから、医療行為としてどこまでどうするのかっていうのは、これは医療分野の問題になってくるかと思います。」


と、杉田氏は発言しています。
 
「 性同一性障害が病気である 」という誤った知識を前提に発言をしているので、反証をします。
 
2006年に日本精神神経学会が公開した「 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第3版 」では、そもそも性同一性障害は精神病ではなく、状態とされています。

この時すでに性同一性障害は同学会において「 生物学的には完全に正常であり、しかも自分の肉体がどちらの性に属しているかをはっきりと認識していながら、その半面で、人格的には自分が別の性に属していると確信している状態 」と定義されており、同ガイドラインでも精神障害とは異なるということも強く警鐘されています。
 
つまり、トランスジェンダーは病気(精神障害)ではなく、生まれ持った脳機能による多様な状態のひとつと考えられているのです。

脳の性差の第一人者である医学博士の田中冨久子氏は、このように述べています。
 
【 引用 】「「自分は、男/女だ」という性自認に関わる分界条床核という場所が古い脳にあります。
どうやらここで「自分は、男/女だ」と感じているようです。
この認識は、普通は、生殖器が男性なら男、生殖器が女性なら女で、このことを性同一性といいますが、まれに一致しないことがあって、性同一性障害と呼ばれます。
男女とも分界条床核で自分の性を感じているのですが、それぞれ大きさが違って、女は男の半分くらいだということがアメリカの研究者が報告していました。
一方、オランダの研究者が、生殖器は男だけど「 女だ 」と感じている性同一性障害の人たちの分界条床核を調べると、女性のサイズしかありませんでした。」

( 引用・参考:#244 脳がつくった「男らしさ・女らしさ」MAMMO.TV http://www.mammo.tv/interview/archives/no244.html
 

また、性同一性が性別と合致しないことで社会生活に障害を持つ当事者の不利益を解決するために、性別適合手術やホルモン治療を初めとした医療行為が必要なのであって「 性同一性障害という病気を治す医療 」があるのではありません。

よって「 性同一性障害が病気である 」という発言は、誤りです。

ちなみにこの動画は2015年のものなので、動画ではなく新潮45への寄稿文への反証となりますが、2018年6月にICD-11( 国際疾病分類 )において性同一性障害は精神疾患の分類から外れました

つまり、トランスジェンダーは精神疾患・精神障害ではないと国際的に認識が改められたことになります。
ICD-11においては、性の健康カテゴリーにて性別不合という「 状態 」として扱われています。

よって、重ねて「 性同一性障害が病気である 」という発言は、誤りです。
 
 

●反証07:「 個と個というあり方が家族を壊す 」という思想への反証

動画中23:59時、

( 引用 )「 家族の問題に直結していくなかで夫婦別姓の問題でもありますし、私はそれと同じような目的を持った方が活動していらっしゃるんじゃないかと、そういう気がして仕方ないです。
《 中山恭子氏が引き継ぎ 》やはり憲法で全く家庭や家族というものを全く認めていませんで、ただの個人、個というのが居る社会です、というのが憲法の考え方にありますから。
《 すぎやまこういち氏が引き継ぎ 》基本的な考え方は共産主義です。家族を壊して、滅ぼす。
《 杉田氏が引き継ぎ 》そうなんです。そこの部分に絡んできます。これは本当に絡んでくる問題。
やっぱり個と個になってしまいますから、家族というものがどうしても形成されないわけなんでね。個と個というかたちになってきますから。
それを認めてしまうということは、どういうことか。
じゃあおかしな話し、私はペットと結婚したいですという、これは既に外国ではこういう問題が出てきていますから。
こういうことを認めていくと、遅からず日本にもそういう問題が入ってくるんじゃないかなと。」


と、杉田氏は発言しています。
 
杉田氏は、中山氏・すぎやま氏との一連の会話のなかで、「 個と個というあり方が家族を壊す 」という思想を提示しています。
この思想に反証します。
 
杉田氏が定義する「 家族 」とは、アメリカの人類学者ジョージ・ピーター・マードック氏が提唱した核家族の概念に基づいていると解釈します。
どのような形態の家族も、一組の夫婦と未婚の子どもを最小単位にして構成される、という概念です。

この中でマードック氏は、家族の機能は性的機能・経済的機能・教育的機能・生殖的機能であるという、四機能説を提唱しました。
ちなみに、マードック氏は核家族( 夫婦と未婚の子ども )は、拡大家族や一夫多妻・一妻多夫の複婚家族の原型であるとしており、拡大家族や複婚家族を否定していません
 
家族論の研究者である倉橋忠氏は、マードック氏の核家族論を前提としながら、研究論文内で下記のように述べています。

【 引用 】「 今、生き方が画一的でなく、自分の責任で、生き方・ライフスタイル・ライフコースを選ぶ時代に入ってきていると理解してよい。そのような時代は、複数の家族像が承認されることが前提になければ成り立たない。このとらえ方が、家族は個人が生きるための集団であり、家族は個人が自己実現するための集団であるということを導く。」

( 引用・参考:「 なんでやねん 」内資料「 家族 」とは http://www.nande2.jp/Study/kazokuron/kazokutowa.pdf


家族を維持し構成するために個人が存在するのではなく、現代において家族という集団は個人のためにあるという考え方です。
現代では、まず個人と個人があって、その個人が寄り集まって家族という集団が形成されるのです。

心理学の側面から考えてみれば、全体主義的な人間関係である共依存は、様々な害をもたらすことが指摘されています。

個人と個人の境をあいまいにして個性を薄め、より同化してゆく性質を持つのが共依存の心理的な特徴ですが、共依存はアルコール依存症をよりいっそう悪化させたり、DVの温床にもなったりします。
全体のために積極的に個人を自己犠牲しようとする姿勢が、人間の良心の働きを阻害し、周囲の人間関係との孤立化を促進するからです。
杉田氏の提示する個と個を認めない全体主義的な家族像は、この共依存と共通します。
 
一方、共依存の対照として考えられるのが、自立した人間同士がつくる相互依存の関係です。

相互依存を簡潔に説明すると「 個人と個人が互いの差異や違いを受け入れ、尊重した上で、双方の共通利益を創造してゆこうとする関係性 」をいいます。

これは、基本的には自立した個人同士が、自分が苦手な部分を相手に補って貰い、相手が苦手な部分を自分が補うという相補的な考えでもあり、現代においては理想的な人間関係やパートナーシップと考えられています。

相補性とは、互いが異なっているからこそできる、個人と個人の共存関係です。
近代では、家族だけでなく企業を初めとする組織におけるチーム作りやチームマネジメントでも、より大きな利益と生産力をつくりだすための基本的な考え方として、土台になっています。
 
また、憲法13条は個人の自由を保障していますし、憲法24条でも個人の尊厳を明記しています。
 
憲法13条:【 個人の尊重、幸福追求権・公共の福祉 】
「 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 
憲法24条:【 婚姻の自由と夫婦の権利 】
「 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」

 
家族という集団においても、個人の独自性は尊重されなければいけないものであって、個と個は認められなければならないのです。
個と個というあり方は、そもそも、家族を壊しません
 
よって「 個と個というあり方が家族を壊す 」という思想は、誤りであると考えます。
 

 
●反証08:「 杉田氏の主張が公益であるという思想 」への反証

動画中25:53時、

( 引用 )「 これも私は、女性政治家がやるべきことだと思うんですね。
行き過ぎた男女平等とかジェンダーフリーに対して、物申すのも、これは男性は言えませんから。
このLGBTの問題も、どちらかというと先程も申し上げました通り、女性のほうが賛成する方が多いですから、いやいやそうじゃない、女性の立場でこれはやっぱりだめですよって言っていけるようなかたちで、これからもしっかり活動してゆきたいなと思っております。」


と、杉田氏は発言しています。
 
ご自身の発言が日本女性の代表意見であり、政治家として発信することが公益である、という思想の上での主張と解釈したので、反証します。

ある物事をめぐって異なる意見や対立する意見が同じテーブルの上で交わされることの有益性は、ディベートやKJ法の効果性からも明らかです。
「 LGBT支援は不要だ 」という杉田氏の主張は、「 LGBT支援は必要だ 」という自民党を初めとする世論との対比として重要な観点であると思われます。

しかし、杉田氏の誤解・誤認にもとづいた差別発言や、全体主義的思想からの排斥的な発言は、社会全体の生産性を低下させている可能性があります。
「 LGBT支援は不要だ 」という主張が社会全体の生産性を下げているのではなく、杉田氏の差別的・排斥的な発言のしかたが社会全体の生産性を下げている、というのがこの反証での指摘です。
 
パワーハラスメントについて調査報告をしている、株式会社クオレ・シー・キューブのデータでは、パワハラの定義を、

【 引用 】パワハラの定義: 「 職務上の地位または職場内の優位性を背景にして、本来の業務の適正な範囲を超えて、継続的に相手の人格や尊厳を侵害する言動を行うことにより、就労者に身体的・精神的苦痛を不え、または就業環境を悪化させる行為 」


としています。

新潮45の寄稿文と動画における杉田氏の発言において「 地位または優位性を背景にしている 」「 継続的に相手の人格や尊厳を侵害する言動を行う 」という共通性から、杉田氏の言動を社会的なパワーハラスメントと仮定します。
同時に「 職場 = 社会 」という集団の共通性も仮定します。
 
さらに株式会社クオレ・シー・キューブの調査では、職場内におけるパワハラの影響について、

【 引用 】 
1・84.0 % 被害者にメンタル問題が発生した
2・59.7 % 職場が混乱した 
3・35.4 % 被害者が自主退職した
4・18.1 % 被害者・加害者以外の周辺従業員にメンタル問題が発生した
5・09.0 % 加害者が自主退職した
6・06.9 % 加害者にメンタル問題が発生した
7・04.9 % その他

( 引用・参考:2011年 株式会社クオレ・シー・キューブのパワー・ハラスメント研究会「 職場のパワー・ハラスメント対策取り組み状況に関する実態調査報告書( 簡易版 )」https://www.cuorec3.co.jp/info/enquete/file/2011021801.pdf


と、あります。
杉田氏が発言の対象としたLGBT当事者やセクシュアルマイノリティ当事者へは、5人に4人の人々に悪影響を与えている計算になります。

それだけではなく、被害者や加害者の周辺の人々にも悪影響が出ていることが重要です。

杉田氏の発言は、連日ニュースやメディアで大きく取り上げられ、今現在も大きく注目されている話題です。
日本の人口が2018年7月1日で約1億2659万人なので、約5人に1人、単純に計算をして約2200万人の日本国民に悪影響を与えている可能性を示唆しています。
約2200万人というのは安直するぎる数字ではあるものの、杉田氏が代弁者であろうとする人々に対しても、約5人に1人の人々に悪影響が及んでいる可能性があるのです。

また、別なデータによれば、

【 引用 】「5・パワハラの影響:パワハラが職場や企業に与える影響については、「職場の雰囲気が悪くなる」(93.5%)、「従業員の心の健康を害する」(91.5%)の2項目が9割を超えて高くなっています。」

( 引用・参考:2011年 株式会社クオレ・シー・キューブのパワー・ハラスメント研究会「 職場のパワー・ハラスメント対策取り組み状況に関する実態調査報告書( 簡易版 )」http://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/statistics/


このデータの「 従業員 」を「 杉田氏の発言を見聞きした人々 」と置き換えると、9割以上の人々に心の健康の害を与えている可能性があるのです。

主旨・主張の内容を問わず、暴力性のある杉田氏の発言は、LGBT当事者に加えて、LGBT当事者でない何万人もの人々に悪影響を与えている可能性があります。
 
よって「 杉田氏の主張が公益であるという思想 」は、誤りであると考えます。
 

 
●最後に

最後に、政治家としての杉田水脈氏へ。
日本に暮らす1人の国民としてのお願いです。
 
この日本を、人間の命が消耗品として扱われる必要の無い社会にしてください。

人間の命が、労働力という消費エネルギーに換算される必要の無い社会にしてください。

貴女は、国民に選ばれた数少ない国会議員であり、政治を担う政治家のお一人なのですから、貴女にはそれができるのです。
人間が生きるために行う労働が、逆に人間を殺してしまう異常な社会を変えたい思いは、私も同様です。
 
貴女にも家族が居るように、私にも家族が居ます。

同性愛が認知され、同性婚が可能となっても、貴女のご家族には何の被害もありません。
同性者である私や、同様に同性者である私の家族は、貴女の家族を脅かすものではないのです。

貴女の家族も守られ、他人の家族も守られる。
日本社会に参加する一員として、そのような、安全な社会を望みます。
 
日本経済を真摯に考える政治家であり、家族を大切になさっている母親でもあり、発言する勇気を備えておられる貴女には、全ての国民の基本的人権が守られる、生きやすい社会の実現ができるはずです。
 
日本に暮らす1人として、心から、期待します。
 
 
 
( 文責:村上裕 )
 
Posted by村上 裕

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