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テレビ

村上 裕

今日の晩御飯の時のこと。

「そういえば裕は、テレビを見なくなったよね」

と、彼が言った。



僕は、テレビが大好きでした。

家にいる時は、ずっとテレビをつけっぱなしにして、本を読むときも、ネットをするときも、ご飯を食べるときも、テレビをつけっぱなしにしていた。
テレビはBGMだった。
中でも一番好きだったのが、テレビを二つ並べて、ゲームをしながらテレビを見ること。
これはもう、最高に楽しかった。


彼が岡山から俺に会いに来て、7畳しかない俺の部屋にやってきて、なんとなくそのまま一緒に暮らし始めた頃。
彼はもう、物凄く怒り狂った。
テレビを見ながらゲームをするなんていけないことだ! と言うのだ。
毎日毎日、あまりにも煩く言い続けるので、やがて俺はゲームをしながらテレビを見なくなった。


僕は、テレビが大好きでした。
それは、毎日の中、テレビをつけっぱなしにするのが、当たり前だったから。

昔、午前0時を過ぎるまで母が仕事で帰ってこなかった、小さな頃。
小学校に上がってから仕事を増やした母は、朝から夜中まで帰ってこなかった。

僕が育った福島の家はとても静かで、テレビを消すと、ブーン…という冷蔵庫の鳴る音と、猫がのどを鳴らす音と、時々遠くから聞こえる車の音しかしなくて。

ひとりで過ごすには、夜はとても静かで怖かった。
そんなとき、テレビをつけると、そこからは人の声が流れた。
その声は、決して小さな俺に語りかけてくれる言葉ではなかったのだけど。
家に居る時間以外は、殴られたり、蹴られたり、追いかけられたり、ののしられたりしていた俺は、テレビの中の人たちのやりとりを見て、暴力以外のコミュニケーションの方法を学びました。
テレビから流れる人の声は、小さな僕にとってはとても安全な声だった。

それでも、蛍光灯の光の届かない家の奥の暗がりに何か怖いものがいる気がして、やはりそれはそれは心細くなり、母はいつ帰ってくるのかと、外に出て道路脇に座り、帰りを待ったりもした。
星がとても綺麗で、気が付くと見入るあまりに首が痛くなり、やがて寒さに耐えかねて、結局は家に戻るのだけど。
家に入ると、いつも猫はじっと、暗がりを見ていた。

あまりテレビの音を大きくすると、壁の薄い隣の家に住んでいる男が酒に酔ってうちの玄関のドアを叩くので、そしてそれはとても怖いことだったので、隣の家に住んでいる酒臭い男を刺激しないように、小さな僕は、テレビのを音を調節しながら、できるだけテレビの近くに寄って、猫を抱いて、母の帰りを待ちました。

「むかしね、小さいころ、テレビを見ながら、ひとりで過ごしていたんだよ」

僕は、テレビが大好きでした。


そして彼は、とても自然に、とても当たり前のように、言ったのです。

「今は、ひとりじゃないよ」

ごくあたり前のことのように、とても自然に言ったので、最初はそれがどんな言葉か分からなかったのだけど、3秒たったころ、ようやく心が受け取って。

そうしたらね、すごいんです。
本当に胸のあたりが、じわっ、と、した。

そして、それが本当に食道あたりを昇って、喉を通って、上に上にあがってくるんです。
顔まで昇ってきたそれは、僕の顔を、笑顔に変えたんです。

”思わず胸からこみ上げる”という、よく聞く言葉の意味。

自分で見れなかったけど、きっと、その笑顔は絶対いい笑顔だった。
絶対。きっと。

「うれしそうだね」

笑いながら、彼が言った。


2/15で丸4年。
彼が僕のところにやってきてから。
一緒に住み始めてから。
付き合い始めてから。
すべてのことがいっぺんに始まって、もう4年たった。

4年がたって、僕はまた彼に恋をする。
これからも多分、何度も恋をする。
そして時々、嫌いになる。
嫌いになって喧嘩をして、仲直りをする。
そしてまたこんな風に、恋をする。


ああ。

僕は、こんなにも、人間だったんだ。
Posted by村上 裕

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